ノダ マナブ   Noda Manabu
  野田 学
   所属   明治大学  文学部
   職種   専任教授
発表年月日 2006/10/08
発表テーマ サイファーとしての女性という寓話―『オセロー』における身体、ジェンダー、流動性
会議名 第45回シェイクスピア学会(東北学院大学、2006年10月8-9日)
主催者 日本シェイクスピア協会
学会区分 全国学会
発表形式 口頭(一般)
単独共同区分 単独
概要 Desdemonaは、不在の印を押された一種の「ゼロ記号=サイファー」である。このゼロ記号としてのDesdemonaが、男性社会を補完する一種のメタ記号として流通することにより、先行/後続の逆転が生じ、最終的にOthelloのマスキュリニティの流動化と転覆につながる。――以上の仮説を検証し、結果的に脱構築の寓話として作品が呈示する過程を読み取ろうとするのが本論である。その意図は、作品の脱構築ではなく、作品の中に脱構築過程がアレゴリカルに書き込まれている様を示すことだ。その際に着目したのは1) ゼロ・バランスを基点として考える複式簿記の重商主義経済における普及(14世紀以降)、2) 複式簿記の普及にも携わったSimon Stevinの『小数論』(1586年)によるゼロの基点化、そして3) Francois Vieteの『解析術序論』(1591年)による代数における変数の導入である。この一連の過程がもたらしたのは、1) メタ記号としてのゼロと変数の導入による数字記号体系の再組織化、2) それにともなう数字の事物特定性の喪失、そして3) あらたなる「代数学的主体」の誕生である。本論はゼロおよび複式簿記のイメージが作品の底流を形成しているとし、それを貨幣としての女性の隠喩、ハンカチの流通、主観の移入、Othelloが有する身体が流動化する様をあらわす比喩、そしてOthelloによるDesdemona記述の分裂など、テクストに即した議論を通じて考察した。最後に本論はWalter Benjaminに依拠することにより、この作品が「根源 (Ursprung)」を繰り返し歴史の死相として記述しながらも、そのたびに発した言語が自ら裏切られていく、バロック演劇的アレゴリーのまなざしであると論じた。