オオグス エイゾウ   Ogusu Eizo
  大楠 栄三
   所属   明治大学  法学部
   職種   専任教授
言語種別 日本語
発行・発表の年月 2012/03
形態種別 大学・研究所紀要
標題 誰の「愛の物語」?―パルド=バサン『郷愁』(1889)の始まりと「スペインの女性」―
執筆形態 単著
掲載誌名 明治大学人文科学研究所紀要
巻・号・頁 (71),113-175頁
概要 『郷愁』は従来,若い男女の「愛の物語」として一義的に解釈され,パルド=バサンの小説中でもっとも低い評価を受けてきた。しかし,本書の周縁部――書き出し,サブタイトル,献辞,同時期のエッセイ「スペインの女性」――の考察を通して,これまでの読みの表層性を暴き,女性の一モデル〈家庭の天使〉の創出を示唆した。その上で,19世紀末スペインに台頭したブルジョワ女性読者におもねながらも,ブルジョワジーへの批判的な眼差しを欠かすことのない作者の姿勢を読み取った。
 この読みは以下の4つの考察にもとづく――
 (1) 書き出しは19世紀末マドリードにおける都市ブルジョワジーの実態を示す指標に満ちており,これに着目したとき,ブルジョワジー一家における〈未亡人と一人息子〉という〈母性愛〉の物語が見えてくる。
 (2) タイトル「郷愁」ばかりが関心を集め,サブタイトル「愛の物語」は軽視され,同じサブタイトルを共有する前作『日射病』との連関が軽んじられてきた。だが,〈三角関係の物語〉と,主要な作中人物が〈未亡人〉という2作品の共通性に注目するとき,〈連作〉を通して当時のスペイン都市社会に見受けられた2タイプの女性〈新しい女〉と〈家庭の天使〉を描き出そうとする作者の企てが顕在化してくる。
 (3) 本作は一人の女性に捧げられているが,この「献辞」はこれまで一切言及されたことがなく,パルド=バサンの伝記的研究にさえ女性の名を見出すことができない。報告者は当時の新聞に掲載された訃報記事をもとに彼女の素性を突き止め,『郷愁』に登場する母親の設定と同一の,一人息子を持つブルジョワ未亡人であったことを明らかにした。ここから,書き出し一行目に母親を固有名で名指しすることによって,献辞と書き出しという隣接した場に2人の〈ブルジョワ未亡人〉を掲げた作品だということになる。
 (4) 同時期に執筆された「スペインの女性」“La mujer española”(1889)は,作者の思想的傾向を知る上で貴重な資料であるが,これまで解釈に取り込まれて来なかった。本評論から作者の際立ったブルジョワ女性への非難を見出せる。
ISSN 0543-3894